香港 歴史と現在

香港の歴史

中国の「特別行政区」とされている香港。1997年の返還が有名ですが、実際にイギリス領になったのは1842年の事です。当時の中国(清)がイギリスにアヘン戦争で敗れ、その後の南京条約で、香港島をイギリスに渡す事になったのです。更に1860年には九龍半島も割譲され、それから本格的に返還されるまで、香港はイギリスの植民地として世界の中の主な貿易の拠点としての役割を担っていました。

第二次世界大戦の時は、香港は一時的に日本軍によって統治されていたこともあります。反日感情は中国や韓国と比較すると香港は強い方ではありませんが、この件に関して我々日本人は忘れてはいけません。

その後、再度イギリスの統治になった香港は、ジャーディン・マセソン商会(英)の資本の拠点が香港に移った事をきっかけに急成長し、貿易はさながら、金融市場としても世界で名を連ねる都市に成長していきます。そこに拍車をかけるよう、多くの観光客が訪れるようになり、巨大都市へと瞬く間に成長した香港は、中国とイギリスの幾度とない交渉を経て、97年に晴れて返還されました。その際、中国は本土と同じ社会主義政策を香港には行わせない、今まで通りの資本主義の社会体制を約束し、この「特別行政区」という形になったのです。

言語は主に広東語と英語が使用され、人口は約700万人。その中に約2万人の日本人が駐在しているといわれています。

現在の香港

返還後から世界的にも目覚しい発展を遂げ、金融、IT、観光産業に至るまであらゆる分野に至って成長し続けている香港。「100万ドルの夜景」「不夜城」などと、大都会きっての称号を欲しいままにしているこの街は、世界トップクラスのビジネス街、中環を中心に栄え、現在は2500以上もの日系企業が進出し、我が国とも密接な経済関係を維持しています。また、

尖沙咀、尖沙咀東、銅鑼湾では本格中華から世界中のグルメを、湾仔、佐敦、油麻地ではショッピングや街歩きから夜遊びまで思いのままに楽しめるこの街は、2012年には2380万人もの外国人が訪れ、その年、世界で一番外国人が訪れた街とも言われました。

リッチで裕福、華やかさが目立つ反面、富裕層と貧困層の格差が広がり続けていることは、あまり公になっていません。香港では総人口700万人居るうちの5~6人に一人と言われる100万人以上の人々が貧困層と言われており、ランタオ島を中心に職にあぶれた多くの人々が、狭い集合住宅での生活を余儀なくされています。

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